今週はSozoミニストリーからの証しです。
(ちなみに、Sozoミニストリーについて。ギリシャ語、Sozoとは「癒し、解放、救い」を意味します。新約聖書に110回出て来ます。このミニストリーは、イエス様が十字架の上で勝ち取って下さった私達の本来あるべき姿、「全き者」として生きるために、それを妨げている様々な要因を、聖霊様に導かれる通り取り除き、言葉通り、Sozoを受け取って頂くお手伝いをします。心の傷の癒し、捕われている束縛からの解放、止められない悪い癖や生活習慣、否定的な考え方等からの解放等を含みます。詳しくはオンファイヤーのホームページから、Sozoミニストリーについてを参照して下さい。)
<拒絶感、裁き、批判の思いを持ちやすく人間関係に問題を感じているAさんのSozoセッションに関わって>
先月、ある方のSozoセッションをリードしました。幼少時代、ご両親との関係,ご主人との関係を聞く中で、彼女が自分自身を守るための壁を築いてしまっていることが分かりました。その壁を一緒に崩したり、その他にも色々な祈りと宣言で、一つ一つ、聖霊様が示される事を導いていきました。
セッションの中で、天のお父さんを招くように導いた時、彼女が見せられたものは、「宇宙」でした。「もっと個人的に、近い存在として感じないのかしら?」という思いが来、もう少し掘り下げる必要があるのかもと思い、近いうちに再度、セッションを受けることをお勧めしました。
しかし、3日後に嬉しい報告が送られて来ました。彼女からのメッセージの一部を転送します。
「あの後、少し進展があったので報告しますね。
金曜日の夜に、ある教会で礼拝がありました。聖霊さまを待ち望む礼拝なので、心が泡立つ今回はぜひ行きたいと思って出席しました。
臨在の中で、脳裏に映像が浮かびました。父が登場し、金髪で目が水色で、編みこみ模様の暖かそうなベストかカーディガンを着ていました。
父なる神だと感じました。でも、若くて、私がまだ小さいのかなと思っていると、こちらを覗き込む感じになって、生まれた私を喜んでる感じでした。その後、私の成長によりそい、喜んで楽しんでくださって、私が大きくなって離れたら、悲しんで、でも、心配して見に来てくれたりしました。
私は、パパのもとに帰り、パパは迎えてくれました。パパとよびたい気持ちになって、パパと言ってお祈りしています。いいのだろうかという気持ちも少しありますが、パパとよびたいです。
パパへの不信と侮りは、私の夫やまわりの人たちへの感情の基礎となっていたようで、これから変革が起こる感じがします。私にとって、とても大きなことでした。
Sozoのなかでみたパパが宇宙そのもので、私もパパの一部で、どこにでもパパが満ちているという映像や印象も真実だったと思います。もっとパパを知りたいし、求めていきます。」
彼女は実は、セッションの中でも、御父を「パパ」というような、馴れ馴れしい呼び方で呼べる程に、近しい関係だと思えない。でも、「神の小屋」を読んだ後、主人公が御父をパパと呼べるようになって、私もそうなりたい!と言っておられたのです。天のお父様が、正に彼女が求めるその関係の修復をなして下さいました。
いつもSozoに関わっている時、神様との感動の出会いを見させて頂き、解放され美しく輝いた人々を見る特権に預かれる働きは止められないと痛感させられます。